コラム

モチベーションを理論化した「自己決定理論」とは?

人間は、何らかの報酬を得ることを目的に行動するときもあれば、リスク回避のために行動を起こすときもあります。ほとんどの行動には、人を突き動かす「動機づけ」が存在し、
リスクよりもメリットが上回りそうなときは自らの希望を優先して、リスクがメリットを上回りそうなときは、リスク回避を優先してしまうものです。

今回は、スポーツや教育、コーチング、人材マネジメントなど幅広い場面で使われている、自己決定理論を解説します。

自己決定理論とは?

自己決定理論(Self-determination theory(SDT))とは、1985年にアメリカの心理学者であるエドワード・デシ(Edward L. Deci)とリチャード・ライアン(Richard M. Ryan)が提唱した動機づけ(=モチベーション)理論です。人(親、教師、上司、コーチ、セラピストなど)に指摘されて行動する(非自己決定)ところから、自発的に行動する(自己決定)に至るまでの道筋が、研究によって明らかにされています。

「モチベーションがない」状態から「自発的に取り組む」までの6つのフェーズ

まずは、以下の表をご覧ください。

Ryan, Richard M., and Edward L. Deci. “Self-determination theory.” Basic psychological needs in motivation, development, and wellness (2017). より、筆者作成

上記は、モチベーションが低くやる気もない状態から、モチベーションが高くやる気に満ちあふれている状態までの6段階を表にしたものです。左から右に進むにつれて、自己決定の度合いが高くなっています。外発的動機づけと内発的動機づけは後ほど説明するとして、
ここでは動機づけの6つの段階について説明します。

第1段階:無動機づけ

動機づけのない(やる気のない)状態で活動している。自分の意思がなく、自分を無能な存在であり、価値がないものと捉えてしまう状態

第2段階:外発的動機づけ – 外部規制

外部から罰を避けるため、何らかの報酬を得るために従っている状態。罰と報酬という外的要因によって行動に制限がかかっている

第3段階:外発的動機づけ – 導入された規制

行動に対して、人から認められたい、自分の価値を上げたい、恥をかきたくないなどの自己決定が少し存在するものの、やや自発的な行動が見られる。しかし、外的要因が引き続き影響している状態

第4段階:外発的動機づけ – 同一化された規制

外的要因の影響よりも、やや自己決定の度合いが高くなり、外的要因の影響を受けつつも、自分が起こす行動に重要性や価値を見出している状態。今後の自分にとって重要なものになるから行動している

第5段階:外発的動機づけ – 統合的な規制

自分の価値観や考えと行動が一致している。外部からの報酬や罰によらず、行動が自分にとって意味のあるものと捉え、ごく自然に行動できている

第6段階:内発的動機づけ – 内発的な規制

自分の意志で自発的に行動している。楽しさなどの感情やこれから起こす行動に興味があり、やる気に満ちている状態

デシとライアンの研究以前は、外発的動機づけと内発的動機づけは二項対立だと考えられていました。しかし、デシとライアンは「自己決定の度合いに応じて、連続性を持って表現できる」としたのです。

外発的動機づけと内発的動機づけとは

デシとライアンによると、自己決定理論では「無動機づけ」、「外発的動機づけ」、
「内発的動機づけ」の3種類があり、それぞれ個人の行動に大きく影響するとされます。

外発的動機づけ

外発的動機づけとは、報酬や評価、罰則や強制などの、外部からの働きかけによって得られるものを行動の起因とすることです。何らかの目的を達成するために用いられることが
多く、例えばビジネスの世界では、上司が部下に営業目標あるいは成長を期待して何らかの目標を提示することが外発的動機づけです。

外発的動機づけをただ与えただけではモチベーションは向上しません。外発的動機づけから内発的動機づけへの移行を促すためには、目標達成に向けた行動を通じて、個人に興味・
関心が生まれていくことがポイントです。

内発的動機づけ

内発的動機づけは行動の対象に興味や関心、好奇心など、自分自身の感情に起因するものを指します。また、楽しさや喜びを感じるもの、何かを達成したときに得られる有能感も、
内発的動機づけの特徴です。ビジネスの世界では、仕事に対する興味や関心、やりがい、
達成感、仕事の中でのステップアップなどが内発的動機づけに当てはまります。

報酬の他、脅威、期限、指示、圧力的な評価、上司やコーチなどから押し付けられた目標などの外発的動機づけを強める要因があれば、幸福感やモチベーションは下がってしまいます。一方、個人の選択や感情を承認、自己決定の機会を与えることは、自律性をより強く感じられ、内発的動機づけを高めることが研究で明らかにされています。

内発的動機づけを高めるためにできること

デシとライアンは論文の中で、「自律性、有能性、関連性の3つの心理的欲求が満たされれば、モチベーションとパフォーマンス、精神的健康(=ウェルビーイング)が向上し、
何らかの阻害要因があれば、モチベーションと幸福感が低下する」と記しています。

自律性(Autonomy)

自律性とは、「誰からも強制されたものではなく、自らを律しながら主体的に行動していること。行動開始から終了まで、自らの意思で決定できる状態」を指します。他の人に頼らないという意味ではなく、目的達成のために、自分で他者にサポートを求めることも自律性と捉えられています。

有能性(Competence)

有能性とは、「自分に能力が十分にあって、誰よりも優れていると感じられる状態」です。行動を起こすことでやりがいや達成感を得られれば、有能性も高まります。有能性を満たすためには、さまざまなスキルを身につけたり何度も練習を繰り返したりするなど、成長に向けた何らかのアクションを続けることが大切です。

関係性(Relatedness)

関係性とは、「周囲の人から自分に関心を持たれていると実感できる状態」です。何らかの集団に属して、家族や友人、会社の上司や同僚と深い関係を築くだけでなく、自らが関わる全ての人たちともっと深く関わりたい、集団や社会に貢献したいという思いも、関係性の欲求といえます。

内発的動機づけの向上には、行動の質が重要

2012年、エドワード・デシはTEDxFlourCity(ロチェスターとその周辺地域にフォーカスしたTEDのイベント)の講演で、自己決定理論の解説の中で「私が重要だと思うのは、
実は行動の量ではなく、質なのです」と述べています。

元来、たくさん行動すればモチベーションが上がるとされてきたところを、エドワード・デシは30年にわたる自らの研究によって、動機づけの向上には行動の量ではなく質が重要であることを明らかにしました。行動の質とは、例えば2時間掛かって資料を読むだけでなく資料の内容の全体像を把握し、何を言おうとしているのかまとめる、理解を深めるために別の資料を読むなどすることです。

外発的動機づけは、個人の行動を制限してしまいますが、内発的動機づけの場合、困難が
あったとしても既成概念に囚われず、どうすれば乗り越えられるかを考え、実行に移せます。ビジネスシーンで内発的動機づけに働きかけたいときは、意思決定プロセスに参加させること、目標達成のためにいろいろな方法を試させて彼らの探求活動をサポートすること、自律的な行動を奨励することが大切です。周りからのサポートと理解を得られれば、行動に対して自律心と能力、目標達成のために協力してくれた人たちとの関係を感じられます。
こうした経験を積むことで、大きな自信につながるでしょう。

<参考文献>
Ryan, Richard M., and Edward L. Deci. “Self-determination theory.” Basic psychological needs in motivation, development, and wellness (2017).
「自己決定理論における動機づけ概念間の関連性―メタ分析による相関係数の統合」
岡田涼 パーソナリティ研究2010 第18巻 第2号 152–160

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