人事考課やコーチングなどで、必ずと言っていいほど求められるのが「目標設定」です。目標には、このくらいまでにできれば、といったふんわりとしたものから、具体的な数字や期限、内容ともにはっきりとしているものまで、幅広く存在します。目標を設定することで、個人のパフォーマンスは向上し、人の行動や発言に変化を及ぼします。
しかし、ただやみくもに目標を立てればよいというわけでもないようです。目標設定が、個人のパフォーマンスに与える影響と、その過程を明らかにしようとする研究をまとめたロックらの論文から、目標設定のコツについて解説します。
目標設定理論とは?
目標設定理論(Goal-setting theory)」とは、1960年代にアメリカの心理学者エドウィン・ロックとカナダの心理学者ゲイリー・レイサム(ラザムとも)が「Goal setting and task performance」「Toward a theory of task motivation and incentives」などの論文で提唱した、モチベーション(動機づけ)理論の一つです。特に仕事における動機づけの分野で発展してきていますが、教育の分野でも目標設定理論を用いた研究がさかんです。
ロックとレイサムは、「動機づけの程度を規定するのに重要な役割を果たすのは目標である」という考えのもと、さまざまな研究を実施した結果、次の結論を導き出しています。
- 課題遂行のためには目標設定が必須である
- 困難かつ具体的で明瞭な目標を掲げている個人のほうが、ただ「頑張ろう」という個人または他人から目標を与えられるよりも、パフォーマンスを発揮する可能性が高い(困難な目標(goal difficulty))
- 自発的に目標設定に参加したほうが、上司や先輩などの他者からの指示で目標設定するよりもパフォーマンスを発揮する可能性が高い
- ただし、動機づけとして有効になるのは、目標を受容できていること(=ゴールコミットメント)が条件である
目標設定に深く関わる要素
ロックらは目標設定理論の中で目標について、次のように定義しています。
- 個人が達成しようとするものであり、行動の対象や目的である。目的や意図という概念と同じような意味である。
- あるタスクについて通常、指定された制限時間内に特定の基準の熟練度を達成すること。「どれだけ上手く、速くやるか」を指す。
- 目標には、自分の能力を伸ばすことを目指すもの(熟達目標)と、他者から自身の能力に対して低い評価がつけられるのを避けるまたは高い評価を得ようとするもの(遂行目標)がある。
これらの定義を踏まえて、目標を設定する心理的な過程においては、求めている対象や結果に関するもの(=内容)と、目標を設定するあるいは目標に到達するプロセスを決定するもの(強度、単純な目標よりも複雑な目標を設定し、その達成方法を考えるなど)が影響していると指摘。また、目標を効果的に設定するために、次の要素を原則として掲げています。
目標の明確化 | ただ「ベストを尽くせ」と言われるよりも、具体的に目指すものが特定されていること(数値、期限)。目標が明確になっていると、達成のために努力するだけでなく決断力も増すうえ仕事への関心も向上する |
困難性 | 作業に求められる熟練度やパフォーマンスのレベルが高いほど、目標達成のためのパフォーマンスが向上 |
フィードバック | 目標設定理論における重要な要素であり、目標の達成度合いに応じて適切かつ頻繁にフィードバックを受けること。親しみやすさ、目標に関する個人の意見を聞くこと、質問を促すこと、何をすべきかを指示するのではなく、質問すること |
自発的な参加 | 自分で目標を見つけて、達成までの計画表(ロードマップ)を作成するなど、積極的かつ自発的に参加すること |
能力 | 目標を達成する、あるいは少なくとも目標に近づくための能力を持っていなければならない(複雑なタスクでは、適切な戦略を選択しなければならない)。設定した目標を実行するために必要なパフォーマンスが個人の能力を全く超えている場合、より多くの努力を払ってもパフォーマンスは改善しない |
目標達成には、個人が目標にコミットメントできている状態にある(能力、理解など)こと、頻繁にフィードバックできる環境を整えること、目標が明確であっても、目標の内容や強度を設定者とフィードバックを提供する側との間で共有できていることが大切です。そのうえで、仕事で「具体的な成果=Key Results(論文では単にKRと表記)」を求めていくのであれば、他でもない自分自身が考えて、慎重に目標を設定しなければなりません。
高すぎる目標設定は、未達に終わる可能性も
ロックらの研究結果では、「目標の困難度が高いほど、生産性の向上が期待できる」としています。しかし、単に目標が高ければいいというものでもないようです。
個人の裁量で立てられる仕事上の目標には「今日はこのくらいまで」といった日々の業務における目標、人事考課における短期・長期目標などがあります。個人は組織と擦り合わせて目標を立て直す(=目標管理※)こともありますが、現時点で第三者からみても実現困難な目標は、生産性の向上を期待できても、「こうありたい」という自己実現欲求を満たせないばかりか、遂行途中で目標達成に向けて動いている個人の気力を失ってしまいかねません。その場合、目標未達に終わってしまう可能性があります。
ちなみにロックらの研究の結果、目標設定を集団で行う場合、他の人が立てた目標を比較(=競争)したり、フィードバックを実施したりすると、他の人よりもさらに高く目標を設定する(他の人の成績が目標になる)など、個人のパフォーマンスに強い影響を与えることが判明しました。目標設定に競争を用いることは、高い目標を設定させ、より大きな目標コミットメントにつながる可能性があります。
※目標管理:目標達成に向けて取り組む個人を、組織が支援する仕組み。マネジメント。個人と組織は十分に擦り合わせて目標を立てる。
チャレンジングな目標設定をすれば、高い成果を上げられる
具体的で難しい目標やチャレンジングな目標は、簡単な目標や曖昧な目標よりも個人の持つ向上心や能力を引き出してくれます。また、高い目標を達成できたという成功体験を一度得られれば、新たな目標を立てるときも成功体験から学んだ知見をもとによりよい目標を設定できます。そうした個人が組織の中で増えていけば、「継続的に目標を達成できる組織」へ変化できるでしょう。
そのためにも、個人が設定する目標の達成方法や状態、期限、アプローチを明確化しフィードバックを繰り返すという基本を徹底すること、また個人の目標や成果の定義を個人が十分に理解するだけでなく、評価者と被評価者との間で共有することが大切です。
<今回参考にした論文>
「Goal setting and task performance」Edwin A. Locke, Lise M. Saari, Karyll N. Shaw, Gary P. Latham 1969–1980.
「目標管理における動機づけ的側面」下崎千代子著 1988
「成果主義に関する心理学的考察―動機づけ理論から考える―」西川一廉 著 2005
「困難な目標と目標へのコミットメントが従業員のパフォーマンスに与える影響 :公正さを調整変数とする媒介調整モデルの検証」坂入誠、林洋一郎著 2015